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AIがあればデータ標準はいらないのか?
2025-11-17
元SEとしての違和感と、XBRL・監査データから見た現実
1. 冒頭に:ChatGPTからのコメント
あるメール(「AIが発達すれば、どんな形式のデータでもAIが理解してくれるから、XBRLなどのデータ標準はいらないのではないか」という趣旨)について、ChatGPTにコメントを求めたところ、次のような回答が返ってきました。
「AIがあるからデータ標準はいらない」という認識は、世界の動向とも技術的な現実ともずれている。
いま各国の金融・税務当局が行っているのは、まずXBRLやEN16931のような標準で意味付きの構造化データを整備し、そのうえでAIや高度分析を乗せるという方向であって、「AIさえあれば標準はいらない」ではない。
特に会計監査のように、根拠データと仕訳・決算のトレーサビリティ、法令適用の説明可能性、責任追及や紛争時の検証可能性が問われる領域では、「どんな形式でもAIが何とかしてくれる」という発想はリスクが大きすぎる。
AIに任せる前提として、文字や数値が何を意味するのかを機械可読に定義した標準データモデル(XBRL等)が不可欠である。
元SEとして、またXBRL GLやISO/TC 295に関わってきた立場として、私はこのコメントにほぼ全面的に同意する。
2. きっかけ: 「AIがあるからデータ標準はいらない」という主張
先日、「AIの時代なのだから、もはやXBRLのような標準化言語は古い。AIがどんなデータ形式でも理解して処理してくれるのだから、データ標準化など不要だ」という趣旨の意見を耳にした。
要約すると、次のような考え方である。
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AIはどんなデータ形式でも読み分けられるようになる
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であれば、XMLやXBRLといった標準化された構造化データは不要である
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世界の潮流は、証拠(エビデンス)データをプールしておき、政府やAIが自動で仕訳・決算・申告まで行う方向にある
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人間の税理士や会計専門家は、AIがすべてを処理できるよう制度を変えることで「不要にしていくべき」である
一言で言えば、「AIさえあれば、データ構造や標準化は気にしなくてよい」という立場である。
元システムエンジニアであり税理士でもある方が、こうした「AI万能論」「標準不要論」に大きな期待を寄せていること自体は理解できる。
しかし、私は長年データ標準に関わってきた立場から、この見方には強い違和感を覚える。
3. 私のバックグラウンド ― 最初の仕事も、今の仕事も「標準化」
私自身、キャリアの出発点は1980年代のSEだった。最初に担当した大きなタスクは、自動車設計CADデータの IGES対応 である。CADシステムごとにバラバラだった形状データを、異なるベンダー間でもやり取りできるようにするための標準化の仕事だった。
その後、
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2003年頃: XBRL GL Chair として会計データの標準化に関わり
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ISO/TC 295 の HoD(JISC代表、2016〜2025年末)として監査データサービスの国際標準化に参画し
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XBRL Japan顧問として、日本における監査データ・取引データの標準化議論を支援
という形で、一貫して「標準化」と向き合ってきた。
その延長線上で、2026年以降の主要タスクとして、取引データ・会計データの標準化とそのJIS化を進めていくことが、自分の役割だと考えている。
こうした経験から見ると、「AIがあるから標準はいらない」という発想は、技術的にも実務的にも、かなり危うい前提の上に立っているように見える。
4. AIとデータ標準は「対立関係」ではなく、AIの前提インフラ
ここでまず強調したいのは、AIとデータ標準(XBRLなど)は対立関係ではない、という点である。むしろ逆であり、AIを真に有効に使うための前提インフラがデータ標準だと考えている。
4.1. AIは「何でも自動で正しく読む」わけではない
現在の生成AIや機械学習は、たしかに次のようなことが得意になってきた。
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バラバラな帳票を読んで、それらしいデータを抽出する
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大量のテキストを読んで要約する
しかし、会計・税務・監査の世界で本当に必要とされるのは、次のような情報である。
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この数値が、どの勘定科目、どの取引、どの税法上の意味を持つのか
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この仕訳が、どの証憑のどの項目から、どのルールで導かれたのか
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決算・申告数値が、どのデータとロジックを経由して計算されたのか
ここで問われているのは、厳密な意味付け(セマンティクス)とトレーサビリティである。
これは、「見た目が似ているデータをそれらしくマッピングする」レベルのAIだけでは到底足りない。
タグ付けされた意味情報や標準化されたデータモデルがあって初めて、AIの出力を説明可能にし、責任ある判断に耐えうるものにできる。
4.2. データクレンジング地獄を避けるための共通言語
もう一つの現実的な問題は、データクレンジングのコストである。
各企業・各ソフトごとにバラバラのレイアウト、コード体系、ファイル形式を、毎回AIや人手で「何が何か」を解釈し直していたのでは、AI以前に実務が破綻する。
勘定科目や取引種別、税区分などのコード、仕訳・取引・証憑の関係、期間・通貨・数量などの意味づけについて、XBRLやXBRL GL、電子インボイス標準などの「共通言語」に揃えておくことで、はじめて次のようなことが可能になる。
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異なるソフト・異なる期間・異なる国のデータを横断的に比較・分析できる
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AIの学習・推論にも、一貫した高品質データを供給できる
「AIならどんな形式でも理解してくれるはず」という期待は、裏返すと「データ側は何も整えなくてよい」という免罪符になりがちである。
しかし実務で苦労するのは常に「入力データのバラバラさ」であり、そこを放置したままAIに丸投げするのは、現場を見ていない議論だと感じる。
4.3. 監査・税務の世界は「説明責任」が本質
会計監査・税務の世界では、説明責任(アカウンタビリティ)が本質である。
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どのデータを根拠に、どの基準に照らして、どの判断をしたのか
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何年か後に税務調査や訴訟になったとき、判断過程を再現できるか
これを支えるのは、「AIが何となく出した答えがそれらしい」ことではなく、データの履歴と意味が機械的に厳密に追えることである。
そのための言語が、XBRLやXBRL GLであり、電子インボイス標準であり、今後JISとして整備していくべき監査データ標準だと考えている。
5. 世界の動きは「構造化データ+AI」であって、「AIだから標準不要」ではない
21世紀に入ってからの四半世紀ほどを振り返ると、世界の動きはむしろ次のような方向で進んでいる。
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取引データ、財務データ、税務データを標準化して構造化する
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その上でAIや高度分析を適用する
具体的には、次のような潮流がある。
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上場企業の財務報告では、各国当局がXBRLベースのデジタル開示を義務化・普及させてきた
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電子インボイスでは、EUを中心にEN16931ベースのコアインボイスモデルを定め、UBLやUN/CEFACT CIIといった構造化XMLを前提にeインボイス義務化を進めている
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税務当局のリスク分析・不正検知でも、高品質な構造化データが前提であり、その上にAIを載せるという考え方が主流になっている
つまり、「標準化されたデータが古い」のではなく、ようやく標準化データが本格的に活用され始め、その次のレイヤとしてAIが乗ってきている、というのが現実である。
6. 2026年からの日本の課題:取引データ・会計データの標準化とJIS化
こうした国際的な流れの中で、日本の会計・税務・監査の世界がAIを本当に活かしていくためには、次のようなデータを機械可読な標準として整備し、JISとして明確に位置付けることが不可欠だと考えている。
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取引データ(受発注・出荷・請求・支払等)
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会計データ(仕訳・元帳・試算表・決算)
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それらと証憑データ(インボイス等)とのリンク情報
私個人としては、次のような取り組みをつなぎ合わせながら、日本の枠組みを作っていきたいと考えている。
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XBRL GLで培ってきた、監査データのモデル化とトレーサビリティ
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ISO/TC 295で議論してきた、監査データサービスの枠組み
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日本の中小企業共通EDIや電子インボイスの取り組み
これらを踏まえ、2026年以降の主要タスクとして、監査データの観点からの標準化とJIS化を進めることが、自分の使命だと感じている。
AIが高度化していくこと自体は歓迎すべきことであり、私も大いに期待している。しかしそれは、「データ標準はいらない」という意味ではない。むしろ次のように考えるべきだろう。
AIを活かすためにこそ、XBRLなどのデータ標準をきちんと整備し直す必要がある。
7. おわりに ― 「AI vs XBRL」ではなく「AI + XBRL」へ
「AIがあるからXBRLは古い」「標準化は不要」という議論は、耳ざわりはよくても、実務と責任ある運用の観点からは極めて危ういものである。
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AIは万能ではなく、意味情報のないデータからは、説明可能で責任ある判断は導けない
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データ標準はAIと対立するものではなく、むしろAIを効率的かつ安全に使うためのインフラである
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会計・税務・監査の世界では、トレーサビリティと説明責任を支える意味付きデータが不可欠である
元SEとしてIGESから始まり、XBRL GL、ISO/TC 295 の HoD(JISC代表、2016〜2025年末)、XBRL Japan顧問として監査データに携わってきた経験から、私はあらためて次のことを強く感じている。
AIの時代だからこそ、データ標準化が重要になる。
AIと標準化を「どちらを選ぶか」のゼロサムで捉えるのではなく、AI+XBRL(+その他の標準)という組み合わせで、真に信頼できる会計・税務・監査のDXを実現していく。その議論を、2026年からのJIS化の議論の中でも、丁寧に続けていきたい。


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