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Web3で実現するグローバルディレクトリサービス
2026-03-16
1. はじめに
OpenPeppol の SML/SMP は、受信者を見つけ、どの文書をどこへ送れるかを知るための優れた仕組みである。
一方、中小企業共通EDIや業界EDIの世界では、各プロバイダが自社の利用者登録簿を持っていても、
ネットワークをまたいだ相手先探索や、中継GWを含む到達経路の発見までは十分に整理されていないことが多い。
ここで問題になるのは、単に「相手事業者はどこに登録されているか」だけではない。
実際には、少なくとも次の問いに答える必要がある。
-
相手事業者はどのプロバイダ、どのEDIネットワークに属しているか
-
対象文書をどのネットワーク経由で届けられるか
-
途中で変換や中継が必要なら、どのGWが利用可能か
-
複数の経路候補があるとき、どれを選ぶべきか
このため、SML/SMP や各社の利用者登録簿のさらに上に、
「プロバイダ横断の上位ディレクトリ」と「信頼付きの経路広告」が必要になる。
本稿では、先に作成した2本の Asciidoc 草稿を整理統合し、次の観点から Web3 によるグローバルディレクトリサービスの可能性を考える。
-
SML/SMP は何を実現しているのか
-
なぜその上位にディレクトリが必要なのか
-
Web3 で何を実装でき、何を実装しにくいのか
-
中継GWや複数経路の選択をどう扱うべきか
2. SML/SMP は何をしているのか
2.1 SML の役割
SML は Service Metadata Locator の略であり、
受信者の Participant Identifier から、どの SMP を参照すべきかを見つける探索レイヤである。
Peppol では DNS を用いた名前解決により、受信者に対応する SMP の場所を導く。
要するに、SML は「どこを見に行けばよいか」を決める仕組みである。
2.2 SMP の役割
SMP は Service Metadata Publishing の略であり、
SML で見つけた先で、その受信者がどの文書をどのプロファイルで受け取れるかを公開する。
典型的には次のような情報がある。
-
受信可能な文書種別
-
プロセス識別子
-
転送プロファイル
-
エンドポイントURL
-
証明書や署名関連情報
Peppol の基本的な探索は、次の二段階である。
-
受信者IDから SML を引いて SMP を見つける
-
SMP を参照して、受信能力とエンドポイントを得る
2.3 SML/SMP の強みと限界
SML/SMP は、四隅モデルにおいて「最終受信者に届く受信APを見つける」には非常に強い。
しかし、これは基本的に「受信者に対応する受信側メタデータを見つける」仕組みであり、
複数の異種EDIネットワークをまたぐ多段中継や、
複数候補の中からどの経路を選ぶかという問題そのものを解く仕組みではない。
したがって、SML/SMP は重要だが、
ネットワーク・オブ・ネットワークス型の相互接続にはそれだけでは足りない。
3. なぜ上位ディレクトリが必要か
3.1 各社の利用者登録簿だけでは足りない
共通EDIや業界EDIでは、各プロバイダがそれぞれ利用者登録簿を持っていることが多い。
しかし、それだけでは送信者は次のことを判断できない。
-
相手がどのネットワークに属しているか
-
自ネットワークから相手ネットワークへ直接届くか
-
どの中継GWが利用可能か
-
文書変換が必要か
-
どの経路が優先されるべきか
つまり必要なのは、各社の名簿の寄せ集めではなく、
それらを束ねて参照できる共通の上位ディレクトリである。
3.2 上位ディレクトリが持つべき役割
上位ディレクトリは、少なくとも次の三つを支える必要がある。
-
主体の発見
-
到達可能性の広告
-
信頼の検証
ここでいう到達可能性とは、単なる住所録ではない。
「この事業者へは、どのネットワークから、どのGWを経由して、どの文書が届けられるか」
という route 情報まで含む。
3.3 問題は中継GWの発見にある
異種EDI間では、直接到達できないことがある。
その場合は、ネットワーク間をつなぐ中継GWや変換サービスが必要になる。
たとえば、次のようなケースがあり得る。
-
Peppol から直接届けられる
-
共通EDI経由でも届けられる
-
流通BMS変換GWを経由して届けられる
このとき必要なのは、単なる登録簿ではなく、
「どのネットワークからどのネットワークへ、どの条件で到達できるか」を示す経路広告である。
4. Web3 で何を実装できるか
4.1 ここでいう Web3
本稿でいう Web3 は、暗号資産や投機の話ではない。
主に次の技術群を指す。
-
DID(Decentralized Identifier)
-
DID Document
-
Resolver
-
Verifiable Credentials(VC)
-
ENS などの分散名前解決
-
オフチェーン参照
-
検証可能履歴
4.2 DID と DID Document
DID は分散的に管理できる識別子であり、
DID Document には公開鍵、認証方式、service、serviceEndpoint などを記述できる。
この serviceEndpoint は、
「この主体について詳細情報を知りたければ、どこを見ればよいか」を示す入口として使える。
したがって、SML 的な探索結果や SMP 的なメタデータの入口に向いている。
4.3 VC による信頼付与
VC は、ある主体が別の主体について行う主張を、検証可能な形で表す仕組みである。
たとえば、次のようなことを主張できる。
-
この事業者は特定プロバイダの配下にある
-
このGWは特定ネットワーク間の中継資格を持つ
-
このサービスは特定文書種別の変換を行える
-
この主体は特定の trust framework に参加している
これにより、上位ディレクトリは単なる名簿ではなく、
「誰がその情報を保証しているか」を伴った信頼付きディレクトリになる。
4.4 ENS とオフチェーン参照
ENS のような分散名前解決は、入口だけを分散基盤に置き、
実際の詳細メタデータはオフチェーンに置く設計ができる。
これは EDI のように、
更新頻度が高く、運用情報の秘匿性も必要な世界では重要である。
すべてをオンチェーンに載せる必要はない。
5. SML/SMP と Web3 の対応関係
| 役割 | Peppol系 | Web3系 |
|---|---|---|
|
参加者識別 |
Participant Identifier |
既存事業者IDに対応付けた DID |
|
探索の入口 |
SML |
ENS / DID Resolver / did:web / did:webvh |
|
受信能力公開 |
SMP |
DID Document の service、またはその先のメタデータAPI |
|
真正性・資格確認 |
Peppol参加規則、証明書 |
VC、署名付きメタデータ、trust registry |
|
実配送 |
AS4 など |
AS4 / HTTPS / API など |
この対応関係を見ると、SML/SMP を Web3 に置き換えることは可能に見える。
しかし実際には、これだけでは足りない。
さらに必要なのが「経路広告」と「経路選択」の層である。
6. 上位ディレクトリは「経路広告台帳」である
6.1 名簿ではなく route advertisement
上位ディレクトリが持つべき情報は、単なる事業者一覧ではない。
少なくとも、次の三種類の情報が必要である。
a) 主体情報
-
事業者ID
-
所属プロバイダ
-
所属ネットワーク
-
受信可能な文書種別
b) 到達可能性情報
-
どのネットワークからどのネットワークへ到達できるか
-
どの中継GWが利用可能か
-
どの変換サービスが利用可能か
-
どの条件で利用可能か
c) 信頼情報
-
その情報を誰が発行したか
-
どの trust framework に基づくか
-
有効期限
-
失効状態
-
署名または証明情報
6.2 通信の経路表とは少し違う
これは通信ネットワークの BGP 的な発想に似ているが、EDI では単純な到達性だけでは足りない。
EDI の route advertisement には、少なくとも次の条件が絡む。
-
文書種別
-
プロセス種別
-
変換可能性
-
署名要件
-
契約条件
-
手数料
-
SLA
-
法域や制度上の制約
したがって、これは単なる最短経路問題ではなく、
ポリシー付き経路選択問題である。
7. 経路選択はオフチェーンが向く
7.1 なぜオンチェーンではないのか
Web3 は、経路情報の登録や真正性検証には向いている。
しかし、実際の経路選択は変動要因が多い。
-
障害情報
-
一時停止
-
遅延
-
負荷状況
-
手数料
-
契約上の優先順位
-
送信者ごとのポリシー
これらを逐次オンチェーン管理するのは、
更新コスト、秘匿性、運用柔軟性の点で不利である。
7.2 現実的な分担
現実的には、次の分担がよい。
-
Web3 側は、上位ディレクトリと経路広告の真正性を担保する
-
オフチェーン側は、その時点で使うべき経路を選択する
つまり、Web3 は「信頼付きの経路候補の台帳」であり、
経路選択エンジンはその中から実行時に最適候補を選ぶ。
7.3 選択基準
経路選択エンジンは、少なくとも次の観点を見る必要がある。
-
到達可能か
-
対象文書種別に対応しているか
-
必要な変換が可能か
-
必要な trust framework に適合しているか
-
手数料は許容範囲か
-
SLA は十分か
-
障害時の代替経路があるか
8. 推奨アーキテクチャ
8.1 三層構造
実務に向くのは、次の三層構造である。
-
識別・発見層
-
経路広告・信頼層
-
経路選択・配送層
8.2 識別・発見層
この層では、事業者ID、プロバイダID、ネットワークIDを DID やその参照に対応付ける。
ENS や DID Resolver により、
「この主体について、どのメタデータを見ればよいか」を解決する。
これは SML の Web3 版に相当する。
8.3 経路広告・信頼層
この層では、VC や署名付きメタデータを使い、
次のような到達可能性情報を公開する。
-
この事業者は Provider X 配下である
-
Provider X は Peppol と共通EDI-Y に接続している
-
Gateway Z は 流通BMS と共通EDI-Y の間で変換可能である
-
このルートは請求書のみ利用可能である
-
このルートは電子署名必須である
これは SMP を拡張した、
「到達可能性と信頼の広告層」と捉えられる。
8.4 経路選択・配送層
この層では、現在の障害状況、契約、料金、優先順位、変換可否を見て、
複数候補から最終経路を決める。
配送自体は、AS4、HTTPS API、その他の既存メッセージング方式を使えばよい。
つまり、配送方式そのものを Web3 にする必要はない。
Web3 は、その前段の discovery と trust に集中させる方がよい。
9. 何が実現できるか
9.1 できること
この構成により、次のことが実現できる。
-
プロバイダ横断の共通上位ディレクトリ
-
異種EDIネットワーク横断の到達可能性広告
-
中継GWの資格や信頼性の検証
-
複数経路候補の提示
-
実行時のポリシーベース経路選択
9.2 技術だけでは決まらないこと
一方、これだけでは自動的に決まらないものもある。
-
誰が参加を認めるか
-
誰がGW資格を付与するか
-
誰が誤登録の責任を負うか
-
誰がSLAを監督するか
-
誰が失効や停止を管理するか
これらは技術だけではなく、運用ガバナンスの問題である。
10. 日本への示唆
日本で、共通EDI、業界EDI、Peppol、将来の商取引基盤を横断したいのであれば、
必要なのは単一プロバイダの利用者名簿ではない。
必要なのは、
-
共通の識別
-
共通の発見
-
信頼付きの経路広告
-
ポリシーベースの経路選択
を支える基盤である。
この意味で、Web3 は配送網そのものではなく、
その上位にある discovery / trust / route advertisement の共通基盤として非常に相性がよい。
11. まとめ
本稿の結論は、次のとおりである。
Web3 により、OpenPeppol の SML/SMP や、共通EDIプロバイダの利用者登録簿のさらに上位にある、
プロバイダ横断のグローバルディレクトリサービスを実装することはできる。
ただし、それは単なる名簿ではなく、信頼付きの経路広告台帳として設計する必要がある。
一方、複数候補からどの経路を選ぶかという実時間の判断は、オンチェーンではなくオフチェーンのポリシー制御に置くのが現実的である。
したがって、最も実務的な構成は次である。
-
DID / ENS などによる識別・発見
-
VC / 署名付きメタデータによる経路広告と信頼付与
-
オフチェーンの policy engine による経路選択
-
既存の AS4 / HTTPS / API による配送
これは、SML/SMP を Web3 に置き換えるというより、
SML/SMP を含むより上位の「ネットワーク・オブ・ネットワークス」の discovery 基盤を実現する考え方である。
12. 用語解説
- SML
-
Service Metadata Locator。受信者IDから参照すべき SMP を見つける探索レイヤ。
- SMP
-
Service Metadata Publishing。受信能力や文書種別、エンドポイント等を公開するメタデータサービス。
- Participant Identifier
-
取引参加者を識別するID。
- DID
-
Decentralized Identifier。分散的に管理できる識別子。
- DID Document
-
DID を解決した結果として得られる文書。公開鍵や service endpoint を記述できる。
- Resolver
-
DID や名前を実際のメタデータに解決する仕組み。
- VC
-
Verifiable Credentials。資格や属性などの主張を検証可能に表したデジタル証明書。
- ENS
-
Ethereum Name Service。分散名前解決基盤。
- CCIP Read
-
ENS におけるオフチェーン解決方式。
- did:web
-
Web ドメインと HTTPS を前提に DID を公開する方式。
- did:webvh
-
did:webに検証可能履歴を加える考え方。 - Trust Framework
-
誰を信頼し、誰が参加を認め、誰が失効を管理するかを定める枠組み。
- Route Advertisement
-
どのネットワークからどのネットワークへ、どの条件で到達可能かを示す広告情報。
- Policy Engine
-
複数候補の中から、契約、料金、可用性、文書種別、信頼条件などを見て経路を選ぶ制御機構。
13. 出典URL
Peppol / OpenPeppol
-
Peppol Interoperability Framework
-
eDelivery Documentation
-
Service Metadata Locator (SML) v1.3.0
-
Service Metadata Publishing (SMP) v1.4.0
-
Policy for use of identifiers v4.4.0
-
OpenPeppol eDEC Specifications Change Log
W3C
-
Decentralized Identifiers (DID) v1.0
-
Verifiable Credentials Data Model v2.0
ENS
-
ENS Documentation
-
Layer 2 & Offchain Resolution
-
Offchain / L2 Resolvers
did:webvh
-
did:webvh specification
-
did:webvh repository


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